元代々木ゼミナール講師 定松勝幸先生 オフィシャルファンサイト

定松先生 ブログ

2011/08/30 Updated

予備校の責任

 『予備校はどこまで生徒に責任があるのか?』は私にとって今最も重要な問題です。代ゼミにいたとき、何年も浪人する生徒をみてきました。しかも、教職員のなかには、「あの生徒また浪人しそうだね。来年もいいお客さまだ。」と平気で言う人もいます。来年合格するように指導しないのでしょうか? 
 でも、『生徒の合格までは責任を持たない』から受験産業はやっていけるのかもしれません。私は、それに対抗したいのです。必ず成績が上がる単科ゼミの講座、必ず合格する本科の講座、があったらいいと思いませんか?

 勉強することはいいことですが、大学受験に何年もかけることはいいことではありません。受験勉強はやる科目が限定され、幅広く学ぶことは難しいのです。私自身、講義をするとき、「本当はもっと深く話したほうが、受講している生徒にとって将来に役立つぞ。」と思っても、「これ入試に出ないし、、、」と思うと、話すのをためらってしまいます。どうしても合格させることを最優先に考えてしまいます。入試がなかったらもっと面白い話ができるのに、、、、と思うことも多いです。

 話を戻しますと、私が教える以上、1年で合格させたいのです。そして、勉強をたくさんしたいのなら、受験という制約のない環境で勉強させてあげたいのです。何年も浪人させたくないのです。

 私は、個別指導では、30年間で73人(3か月だけとか、入試の直前だけなどの短期を除く)の生徒を持ちましたが、合格率100%です。人生においてひとりの不合格者も出しておりません。もちろん、すべてが第一志望というわけではありませんが、大阪大学医学部を希望する生徒を神戸大学医学部に合格させた程度です。むしろ、逆が多く、第一志望校の偏差値よりも本人の偏差値が高くなり、第一志望校を滑り止めにすることもよくあることでした。私の目標は『第一志望校が滑り止めに!』です。最も面白い(?)ケースは、両親が私立医学部受験を考えて私に個別指導を依頼したのにもかかわらず、成績が上がりすぎて、社会や国語を勉強するゆとりも生じ、横浜市立大学医学部に現役で合格してしまったことです。もちろん、6年間の費用が大幅に安くなり、両親は大喜びでした。
 私の個別指導では、医学部の合格率は驚異的で本人が医学部志望であった場合は、100%の合格率です。歯学部や薬学部に変更させたことはありません。1年を通じて指導した生徒は次の年には、100%医学生です。

 もちろん、驚異的な合格率は、個別指導だからできたことです。でも、これを普通にしたいのです。そこで、PTS桜坂教室本科では、まず小人数で100%合格を実現させてみたいと思いました。5人以内の人数ですと、全員に対して細かい対応ができます。授業中の質問が自由で、わからないことはその日のうちにわかって帰る、が実現できます。さらに、確認テストはその生徒の能力に応じて作成する、などが可能です。生徒の授業の理解度をチェックするため、理解度確認テストなるものをやっている予備校は多いのですが、ほとんどの予備校(きっと、PTSを除くほとんどでしょう)は生徒全員に対して同じテストです。しかし、PTSでは、生徒が異なれば、レベルも異なり、志望校も異なるので、生徒全員に対して、その能力、志望校に合わせてテストも作成します。10人の生徒がいれば、10人ともテストの内容が異なるのです。これが、PTS本科です。100%合格をめざしているので妥協はしません。

 この、指導水準を東京会場でできないかと考えたのが、今回の3名限定の講座(これは日頃講座をとっている一部の生徒限定で募集したもの)です。この講座は、本科とは違い、1週間に1回か2回の指導です。毎日指導できるわけではありませんから、『100%合格の責任』まではもつことができません。しかし、少なくとも『驚異的な成績アップ』だけは保証したいです。この講座に関しては、成績があがらない人に対しては、責任のある対応を考えていくつもりです。

 なお、この講座は現在2名の希望者ですが、もう1名の枠がありますので、このブログをみて、この講座の存在を知った人で、そんな講座があるのなら受講したい、という人は9月3日までにPTSに連絡ください。

 私は「100%合格する本科」と「100%成績が上がる単科」をやりたいのです。ただし、そのためには、人数を限定し、料金も少し高く設定せざるを得ません。これに反対意見もあると思います。「いい講義を安い料金で受講したい。成績が上がるかどうかの責任は自分でとるから、安くすればいい。」というように。もちろん、それに対応するように東京会場の講座があります。その中の生徒さんから、桜坂教室並みの責任感をもった講座を設定してほしい、100%成績をあげてほしい、という要望があり、今回の3名限定の講座を設置しました。東京で2学期から、新しい試みをやってみたいのです。

 『受講すれば100%成績があがる。万が一、成績があがらない生徒がいたらあがるように対応する』なんて、いいと思いませんか?

 8月30日    定松 勝幸
 
 

[定松先生の人生観]

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2009/04/15 Updated

1学期の講義が始まります

 明後日(4月17日、金曜日)から、1学期の講義が始まります。明後日(4月17日)が代々木ゼミナール本部校の初日、4月20日(月曜日)が代々木ゼミナール熊本校の初日、4月21日(火曜日)が代々木ゼミナール福岡校の初日です。PTSの方は4月25日(土曜日)が初日です。講義の準備は7月9日(1学期の最終日)まで終わらせていますので、初日が楽しみです。
 
 私は、初日までに、最終日までの準備をしてから、初日の講義に向かいます。それは、数学は1回1回が独立しているわけではないからです。「1学期全体で何をやるのか?」をわかっておくと、毎回の講義において「ここで何をやっておくと後のためになるのか?」がわかりますので、その回だけでなく、後にもつながる講義ができて、最終日までの講義が『流れるような美しい講義』になります。毎回の講義が、その回を独立させても重要であると同時に、その後の回のためにも重要である、そんな講義がしたいのです。
 そのため、少したいへんですが、初日までに最終日の分まで準備します。これは、人生においても重要なことで、今日は、今日のために存在すると同時に、明日以後のためにもあります。明日以後のことだけを考えていたら、今日を楽しむことはできません。しかし、今日だけのことを考えて今日を楽しんだら、明日につながりません。両方とも重要なのです。
 だから、毎回の講義では、『その日だけ出席した生徒が感動できる』と同時に、『毎回出席している生徒が、前回の講義はこのためにあったのか!と感動できる』の両方が必要なのです。
 
 特に、毎回出席している生徒には、「先生はここが理解できるようにさせるため、前回、あんな解説をしたんだ!」と感動してもらいたいのです。各回の講義だけでなく、全部を聴いたとき、美しい交響曲になっているような講義をしたいと思います。

 4月15日   定松 勝幸

[定松先生の人生観]

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2009/02/05 Updated

受験生へ

 入試の本番で落ち着いて問題を解けるコツを教えたいと思います。
 私はめずらしいくらい本番に強い人間だと思います。練習より本番のほうが結果がよいこともよくあります。
 「練習でできたことが本番ではできない」と悔しがる人には申し訳ないのですが、私の場合、練習でできたなら本番でもできますし、練習でできなかったことも本番ではできてしまうこともあります。
 最初からそうだったわけではありません。私は高校受験で大失敗しています。なんと、あがってしまって、問題用紙が真っ白に見えて、1題も解けなかったのです。正直、受験番号と名前も正しく書けたかもわかりません。
 その日の試験終了後、自宅に帰り、ベッドに横になって考えました。「なぜ、そんな状態になったのか?」と。そうすると、ひとつの仮説が浮かびました。
 実力以上の結果を期待していたのではないか?だから、解けない問題が1題目にあったので、あせってしまったのではないか。解けない自分を受け止め切れなかったのではないか?  ここで、解けないのは過去の努力不足の自分のせいであり、それを素直に認めることができたら、その問題は捨てても、他の解ける問題を失点することはなかったのではないか。結局、努力もしないでいい点数を取ろうなんて、あつかましい自分がいけなかったのです。
 それ以後は受けた試験であがったりすることはなくなりました。解けない問題が出ても、笑えるようになりました。実際、本番の試験の最中はいつも笑っていました。おそらく、練習のときより本番のほうがリラックスしていたような気がします。練習のときは、できないと悔しがりますし、できない自分を悲しく思います。しかし、本番では、できない自分がいても「これが今の自分だ」と堂々としていますし、やったことのない問題がでたら、「やっていない自分が悪い。」、「この問題ができたら、これが解けるような努力をしてきた人に申し訳ない。」と思い、素直に捨てて、努力した範囲内で解ける問題を確実にものにする、という方針でやってきました。
 
 私は入試前に神頼みはしません。あえて、神に祈るならば、「その大学に合格するのにふさわしい努力をしてきたのならば、合格させてください。努力が足りないのなら、不合格にしてください。」です。大失敗の入試の以後に受けた入試では、いつも、「入試を楽しんでくる。」という態度で受けてきました。試験の最中、『合格したい』なんて思ったことはありません。『この時間をせいいっぱい楽しもう』としか考えていません。それが、よかったのでしょうか、入試をうけることが楽しくてたまらなくなりました。できるから楽しいのではありません、できないときも、できない自分を楽しむのです。

 人は、自分の経験の範囲でしか理解できないものだと思います。私の言っていることが、すべての人にあてはまるかどうかはわかりません。今回の内容で確かな真実はひとつだけです。『私はこの考え方で成功した。』です。参考になる人、参考にならなかった人、いずれの人も最後まで読んでくださりありがとうございました。

 2009年 2月6日    定松 勝幸

[定松先生の人生観]

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2009/01/06 Updated

個人指導

 今日は1日中、PTSで個人指導をしていました。個人指導は、大勢の前でやる講義にはない楽しさがあります。「楽しさ」というと誤解を与えるかもしれませんが、あえてこの表現をしました。

 まず、責任は非常に重いです。その生徒の人生が私の指導にかかっているのです。大げさではありません。生徒にとってみれは、これまでの人生で最大の分岐点(どの大学に入るか?どの学部を選ぶか?)なのです。そして、ここでの成功がその後の人生に大きく影響することは否定できないはずです。

 そうである以上、指導する私もかなりのプレッシャーがあります。『失敗したら、ご両親にどういうふうに謝ろうか?』なんて考えます。「結果に対してまでの責任はない」という意見もあるでしょうが、私はそうは思いません。

 あたりまえですが、私にも受験生の時代がありました。私の数学の実力は、私の師匠の実力が60%で、私の努力が40%です。教師になったばかりのころは、私の師匠の実力が80%、私の努力が20%でした。教師をやって30年以上になり、自分のオリジナルがどんどん増えてきて、やっと、師匠に近づいてきたのかな、と感じています。
 
 代ゼミやPTSの講義では、偉そうにしゃべっている私ですが、受験生のころ、さらに教師になりたてのころは、数学においてだめなところだらけで、師匠にずいぶん直してもらいました。師匠なしに今の私はありえません。

 受験生のとき、いろんな数学の教師の講義を受けましたが、私が師匠と呼んでいる先生の講義以外は、つまらないと感じました。その教師についていって努力した結果、今の実力をつけました。もちろん、自分でもかなり努力しましたが、師匠に出会わなければ、今の実力はなかったと思います。『誰に教えてもらうか』で成績が違うことを身をもって体験しました。

 大勢の前でやる講義も一生懸命やっていますし、責任感をもってやっています。ただ、個人指導の責任の重さは別格です。正直言って、入試の日は、生徒より緊張しているかもしれません。

 この緊張感がたまらなく心地よいのです。

 1月6日     定松 勝幸

[定松先生の人生観]

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2008/11/24 Updated

今日はお休みでした。

 本日(11月24日)はお休みでした。いつもの月曜日は熊本で講義をしております。本日は自宅でゆっくり家族といっしょにDVDを見ながら過ごしました。DVDはインディ―ジョーンズとナルニア王国です。いずれも最近発売になったDVDです。
 
 私は期限を過ぎている原稿を抱えていましたので、それをやりながら見ました。
 数学以外のことを2つ同時にこなすのは困難ですが、1つが数学ですと、もう1つのこととは同時にできることが多いです。 テレビを見ながら数学の問題を解く、人と会話をしながら数学の問題を解く、などです。数学の問題を解くときの正確さ、かかる時間は、数学だけやっているときとほとんど変わりません。
 英語の勉強をしながらテレビを見ますと、テレビだけ見ているか、テレビの内容はまったく頭に入らないか、のいずれかで、すごく効率が悪いのです。英語の勉強は英語に集中するようにします。他の学問も同じです。数学だけは別で、小さい頃から好きだったせいか、「勉強するぞ!」と構えなくても、他の事をやりながらでもできるようになったのだと思います。

 これは幸せなことかもしれません。数学の勉強をすることに何の苦痛も感じないし、他の事をやりながらでもできるのですから。受験生の中には、数学を勉強することが苦痛であるひとがたくさんいます。その人たちに申し訳ないなと感じることもあります。『好き』は学問上達の最大の武器かもしれません。

 さらに、好きなことやって生活ができることは、最大の幸せだと思います。世の中には、今やっている仕事が好きな人ばかりではありません。生活のためにしかたなくやっている人も多いはずです。私は好きなことをやっているので、仕事に関するストレスがまったくありません。あえて言うならば、原稿が期限内に提出できなくて、言い訳に困るときに生じるストレスくらい(自業自得で私が悪いのですが、、、)です。

 「幸せですか?」と聞かれたら、ためらうことなく「幸せです。」と答えます。こう言えることは、本当に恵まれていると思います。好きな数学の勉強をして生活できる、それは、私の講義を聴きたいと言ってくれる生徒がいるからです。私の講義を聴きたい生徒がいなければ、好きな数学の勉強はできても、生活はできないと思います。私は、『私を必要としてくれる生徒に支えられている。』と感じています。私は数学の教師以外にもやりたいこと、すでにやっていることがありますが、今は数学の教師が主です。私の講義を受けたいという生徒がいるうちは、もうしばらく数学の先生を続けようと思っています。よろしくお願いします。

  2008年11月24日     定松 勝幸
 

[定松先生の人生観]

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