元代々木ゼミナール講師 定松勝幸先生 オフィシャルファンサイト

定松先生 ブログ

2009/02/26 Updated

九州大学、熊本大学入試

 昨日は九州大学の解答速報(本日の朝刊に載せるもの)を書きました。これで、私の2008年度(2008年3月〜2009年2月)の全日程を終了しました。
 九州大学は例年と同じレベルだったのですが、熊本大学が、ここ10年間で見ても最高レベルでした。特に、予想はされましたが、医学部専用(今年から医学部医学科のみ別問題)の問題は、いままでの熊本大学にはなかったレベルでした。
 私はいいことだと思っています。それまでは問題がやさしすぎて、数学が得意な人には不利であったのが、このレベルですと、数学が得意な人に有利になります。平均点がかなり低いと予想されますから、数学が得意な人は、大逆転のチャンスです。センター試験の失敗がマイナス100点程度だと、2次で簡単にひっくり返せます。逆にセンターでアドバンテージがあった人でも、数学が苦手なら、そのアドバンテージはすぐ消え去ります。賛否両論あると思いますが、私は好きです。
 
 2009年 2月26日   定松 勝幸

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2009/02/18 Updated

忙しすぎ

 忙しすぎて、ブログの更新ができませんでした。頻繁(ひんぱん)に訪れてくださっている方に申し訳ないと思っています。

 2月25日の国立大学の入試までは、個人指導の依頼が殺到し、対応しきれない状況でした。逆にそれを過ぎると、これといった予定がなく、暇な日が続きます。誰か指導して欲しい人はいませんか?状態です。

 私は講義するのが大好きです。書くのは苦手です。(参考書を書かないのもそうです。)直接、生徒と接して、講義すると、その場で、生徒の反応をみることができますから、楽しいのです。今まで一度も理解できなかった問題を私の講義により理解させたときの快感はたまりません。
 家庭教師として生徒の家庭で教えるときも、特設の教室を作ってもらって(ホワイトボードを置いてもらうようにしています。)そこで講義します。普通の家庭教師は、生徒の隣に座り、生徒の机の上で紙に書いて説明をするのでしょうが、私は黒板(ホワイトボードでも可)があった方が乗れます。生徒ひとりに対して、生のライブをやるのです。私は観客がいるのは大歓迎で、ご両親、ご兄弟にも「よろしかったら、見てください。」とお願いします。講義をしているときは、かなり幸せです。だから、講義がなくなると、少し寂しくなるのです。

 2009年 2月18日   定松 勝幸

[その他]

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2009/02/08 Updated

長崎講演

 本日は、長崎で出張講義をしてきました。地元の受験生に対して短い時間ですが、熱の入った講義をしてきた、と思っています。滞在時間が限られていたため、直接会話した生徒は数名だけだったのですが、役に立つアドバイスはできたのではないか、と思っています。

 2月11日の佐賀の出張講義が楽しみです。日ごろ、サテラインで講義を聴いている人で、佐賀に住んでおられる人は、是非、参加してください。生の講義ならではの感動を味わっていただきたいと思います。
 
 なお、2月11日の佐賀の出張講義は、代々木ゼミナール福岡校の主宰ですので、問い合わせは、代々木ゼミナール福岡校にお願いします。

 2009年  2月8日    定松 勝幸

[代ゼミでの講義]

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2009/02/05 Updated

受験生へ

 入試の本番で落ち着いて問題を解けるコツを教えたいと思います。
 私はめずらしいくらい本番に強い人間だと思います。練習より本番のほうが結果がよいこともよくあります。
 「練習でできたことが本番ではできない」と悔しがる人には申し訳ないのですが、私の場合、練習でできたなら本番でもできますし、練習でできなかったことも本番ではできてしまうこともあります。
 最初からそうだったわけではありません。私は高校受験で大失敗しています。なんと、あがってしまって、問題用紙が真っ白に見えて、1題も解けなかったのです。正直、受験番号と名前も正しく書けたかもわかりません。
 その日の試験終了後、自宅に帰り、ベッドに横になって考えました。「なぜ、そんな状態になったのか?」と。そうすると、ひとつの仮説が浮かびました。
 実力以上の結果を期待していたのではないか?だから、解けない問題が1題目にあったので、あせってしまったのではないか。解けない自分を受け止め切れなかったのではないか?  ここで、解けないのは過去の努力不足の自分のせいであり、それを素直に認めることができたら、その問題は捨てても、他の解ける問題を失点することはなかったのではないか。結局、努力もしないでいい点数を取ろうなんて、あつかましい自分がいけなかったのです。
 それ以後は受けた試験であがったりすることはなくなりました。解けない問題が出ても、笑えるようになりました。実際、本番の試験の最中はいつも笑っていました。おそらく、練習のときより本番のほうがリラックスしていたような気がします。練習のときは、できないと悔しがりますし、できない自分を悲しく思います。しかし、本番では、できない自分がいても「これが今の自分だ」と堂々としていますし、やったことのない問題がでたら、「やっていない自分が悪い。」、「この問題ができたら、これが解けるような努力をしてきた人に申し訳ない。」と思い、素直に捨てて、努力した範囲内で解ける問題を確実にものにする、という方針でやってきました。
 
 私は入試前に神頼みはしません。あえて、神に祈るならば、「その大学に合格するのにふさわしい努力をしてきたのならば、合格させてください。努力が足りないのなら、不合格にしてください。」です。大失敗の入試の以後に受けた入試では、いつも、「入試を楽しんでくる。」という態度で受けてきました。試験の最中、『合格したい』なんて思ったことはありません。『この時間をせいいっぱい楽しもう』としか考えていません。それが、よかったのでしょうか、入試をうけることが楽しくてたまらなくなりました。できるから楽しいのではありません、できないときも、できない自分を楽しむのです。

 人は、自分の経験の範囲でしか理解できないものだと思います。私の言っていることが、すべての人にあてはまるかどうかはわかりません。今回の内容で確かな真実はひとつだけです。『私はこの考え方で成功した。』です。参考になる人、参考にならなかった人、いずれの人も最後まで読んでくださりありがとうございました。

 2009年 2月6日    定松 勝幸

[定松先生の人生観]

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