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定松先生 ブログ

2009/01/06 Updated

個人指導

 今日は1日中、PTSで個人指導をしていました。個人指導は、大勢の前でやる講義にはない楽しさがあります。「楽しさ」というと誤解を与えるかもしれませんが、あえてこの表現をしました。

 まず、責任は非常に重いです。その生徒の人生が私の指導にかかっているのです。大げさではありません。生徒にとってみれは、これまでの人生で最大の分岐点(どの大学に入るか?どの学部を選ぶか?)なのです。そして、ここでの成功がその後の人生に大きく影響することは否定できないはずです。

 そうである以上、指導する私もかなりのプレッシャーがあります。『失敗したら、ご両親にどういうふうに謝ろうか?』なんて考えます。「結果に対してまでの責任はない」という意見もあるでしょうが、私はそうは思いません。

 あたりまえですが、私にも受験生の時代がありました。私の数学の実力は、私の師匠の実力が60%で、私の努力が40%です。教師になったばかりのころは、私の師匠の実力が80%、私の努力が20%でした。教師をやって30年以上になり、自分のオリジナルがどんどん増えてきて、やっと、師匠に近づいてきたのかな、と感じています。
 
 代ゼミやPTSの講義では、偉そうにしゃべっている私ですが、受験生のころ、さらに教師になりたてのころは、数学においてだめなところだらけで、師匠にずいぶん直してもらいました。師匠なしに今の私はありえません。

 受験生のとき、いろんな数学の教師の講義を受けましたが、私が師匠と呼んでいる先生の講義以外は、つまらないと感じました。その教師についていって努力した結果、今の実力をつけました。もちろん、自分でもかなり努力しましたが、師匠に出会わなければ、今の実力はなかったと思います。『誰に教えてもらうか』で成績が違うことを身をもって体験しました。

 大勢の前でやる講義も一生懸命やっていますし、責任感をもってやっています。ただ、個人指導の責任の重さは別格です。正直言って、入試の日は、生徒より緊張しているかもしれません。

 この緊張感がたまらなく心地よいのです。

 1月6日     定松 勝幸

[定松先生の人生観]

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この記事に対するコメント

お待たせしました

熊本大学数学沓辰諒眠鬚鮃洪靴靴討きました。 お待たせして申し訳ありませんでした。

2009/01/09 定松 勝幸

お疲れ様です

本日もお疲れ様でした。私は先生の授業を受け感動し数学に興味を持ちましたが、先生の上記の文章を拝見して、先生を師匠と呼べるほど自分の努力をいていないなぁと恥ずかしくなりました。先生にお礼の挨拶をしに行くことが出来るよう残りの時間を精一杯頑張ります。直前講習でお目にかかれることを楽しみにしております。 最後に、大変お忙しいこととは思いますが熊大数学Cの更新の方も宜しくお願い致します。

2009/01/06 代ゼミ生